市民のための薬と病気のお話
薬物動態速度論
薬物動態速度論
皆さんがひごろ頭痛の治療のために鎮痛薬の経口薬剤を服用された時のことを思い出して下さい。服用後、しばらくしてから効果が現れ、痛みがうすれていきます。しかし、5,6時間程経過すると再び痛みがもどってきます。このように薬物の効果は時間の経過とともに変化します。同様に、“薬効のアリバイ”ともいえる体内における薬物の動態も時間の経過とともに考えねばなりません。
下図は抗菌薬の一種スルファチアゾールの1gを静脈内に注射にて投与(静注)した後の血液中からの消失を経時的に追跡した結果を示します。図からもわかりますように、スルファチアゾールの濃度は2時間毎に1/2に低下していきます。このように血中薬物濃度が半分(1/2)に低下するのに要する時間を薬物の半減期とよびます。半減期が短い薬物ほど体による代謝・排泄などの除去による処理速度(クリアランス)が速いということを意味します。
鎮痛薬剤のように痛いときだけ使用する、いわゆる頓服用の薬剤は例外ですが、大半の薬剤については1週間、数ヶ月、あるいは数年にわたって服用し続けます。薬剤を繰り返し服用しますと、限りなく体内に薬物が蓄積していくのではないかと心配をされる方もおられるかもしれませんが、そのご心配はありません。
薬物の半減期の値の約7倍の時間(日数)が経過しますと、蓄積の加速度はなくなり、血中薬物濃度は定常状態とよばれる状態に到達し、最高血中薬物濃度と最小血中薬物濃度との間を単に上下に変動するようになります。いま、最もポピュラーなケースとして半減期が8時間の薬物の経口剤を服用する場合について考えた結果を示したのが 下図です。
数多くの薬物について有効血中薬物濃度の値がわかっています。副作用の出現を許さず、質の高い薬物治療を行うためには、治療期間を通じて血中薬物濃度がたえずこの有効血中薬物濃度の範囲内におさまるようにしなければなりません。
8時間の半減期を有する薬物の経口薬剤を1日3回8時間毎に服用しますと、血中薬物動態は、A図の中央の曲線のように、有効血中薬物濃度範囲内にドンピシャとおさまります。しかし、投与間隔を短くして4時間毎に服用しますと、血中薬物濃度が最高有効血中薬物濃度を越えて副作用の出現する濃度領域(中毒域)にまで到達します。逆に、横着して16時間毎に服用しますと、血中薬物濃度は有効血中薬物濃度範囲をカバーする時間は少なく、せっかく経口薬剤を服用したにもかかわらず、薬物の効果を十分に引き出すことができません。
糖尿病治療薬の場合には血糖値を測定することにより、また高血圧症治療薬の場合には血圧を測定すれば、薬剤の効果を直接ディジタルデータとして測定できますから、医師はその測定値をもとにして投与量の調節を行います。しかし、細菌感染症治療薬剤(抗菌薬剤など)、抗癌薬剤、向精神薬剤など数多くの薬剤については、薬理効果をディジタルで測定することは困難です。
薬物療法を科学として取り扱うためには、いつ、どこで、誰が、どのような方法で測定しても薬理効果は同じ結果(ただしディジタルデータとして)を示さねばなりません。このような場合には薬理効果を測定するかわりに、循環血漿(あるいは血清)中薬物濃度を測定することが行われています。薬物治療を目的とするための血中薬物濃度測定ですので、治療的薬物モニタリング(略してTDM)とよんでいます。
(回答者:高田寛治)