市民のための薬と病気のお話
消失
消失の過程
体にとって薬物は異物ですので、生体は速やかに体内から薬物を排除しようとして消失の過程がおこります。
病原菌などミクロンの大きさの異物であれば免疫系の細胞が働いて除去しますが、薬物分子は小さすぎて免疫系の認識機構にはひっかかりにくくなっています。そこで生体は肝臓での代謝および腎臓からの尿中への排泄により薬物分子を除去して速やかに体の外に出します。
水溶性の薬物であれば腎臓が尿に溶かしこむことにより排泄します。脂溶性(水に溶けにくい)薬物の場合には、肝臓が代謝を行い、薬物分子の化学構造を極性化(水に溶けやすくなる性質)の方向へと変換した後、代謝物を胆汁中あるいは尿中に溶かしこむことにより体の外へ排泄します。また肺からの呼気中への排泄や唾液中への排泄などのマイナーな排泄経路も存在します。
紙面の都合上、ここでは腎臓からの尿中への排泄と肝臓での代謝の過程について説明します。
薬物の腎排泄
腎臓の排泄能力を表すパラメータとして、日常の臨床検査の1項目であるクレアチニン・クリアランス値がよく用いられています。クレアチニンは体の中の筋肉組織などで産生される老廃物の一種です。
クレアチニン・クリアランス値の測定法としては、まずクレアチニンの尿中濃度に尿量をかけてクレアチニンの尿中排泄速度(mg/min)を求めます。つぎに、採尿の中間時点における血中クレアチニン濃度(mg/L)の測定値で除すことでクレアチニン・クリアランス値(L/min)を求めます。
薬物の腎排泄能力を表す腎クリアランスもクレアチニン・クリアランスと同様の方法により求めていますが、一般的にクレアチニン・クリアランス値との間に良好な相関性がみとめられています。すなわち腎機能が低下すれば薬物の腎クリアランスも低下します。
したがって、腎機能の低下した患者さんでは、薬物の腎クリアランスも低下していますので、腎機能が正常な患者さんと同じ投与量で薬物を服用し続けますと、血中薬物濃度が異常に高い値(中毒域)にまで上昇し、副作用が出やすくなります。そのため、腎機能の低下した患者さんの場合には、通常よりも投与量を少なめにして服用していただくか、あるいは投与量を変えずに投与間隔を長くして服用していただくようにしなければなりません。
薬物の肝代謝
肝臓は薬物の主要な代謝臓器で、肝臓の実質細胞中にはP450と呼ばれる一連の代謝酵素群をはじめとして、種々の薬物代謝酵素が存在します。
P-450はミクロソームまたはミトコンドリアに局在する電子伝達系の末端酵素として働く分子量が約45-55kDaのヘム蛋白質の総称であり、赤色を呈していることからこの名がつけられました。P-450は15種類におよぶサブファミリーからなるスーパーファミリー(分子種)を形成しています。P450の各分子種を分類・命名する方法として、アミノ酸配列の相同性にもとづいてファミリー、サブファミリーに分類し、記号”CYP”の後に、ファミリー(数字)、サブファミリー(アルファベット)、サブファミリー内の連番を付記するようにしています。
すなわち、アミノ酸配列の相同性が40%をこえる分子種を1つの群(ファミリー)と分類し、55%を越える分子種を亜群(サブファミリー)と再分類するようにしています。代謝酵素の遺伝子の類似性からCYP1~CYP4の4種類のファミリーに分類されています。それぞれのファミリーはさらにCYP1A、 CYP2A、 CYP3A、CYP4Aなどのサブファミリーに分類されます。またそれぞれのサブファミリーは数種類の分子種からなりたっています。
薬物代謝に関与する主要ヒトP450分子種を代謝にかかわる頻度からみますと、CYP3A4が最も重要で、次いで、2D6、 2C9、2C19、1A2の順となります。薬物代謝に関与する分子種の中で、特にヒトにおける代謝の個体間変動の原因となっているのは、CYP2C19および 2D6です。
CYP2D6により代謝を受ける薬物としては咳止め薬コデイン(商品名リン酸コデイン)、血圧降下(降圧)などの薬メトプロロール(商品名ロプレソール、ロプレソールSR、セロケン、セロケンL、ココナリン、シプセロン、セグミューラー、セレクナート、メデピン、メトプリック、メルコモンなど)、不整脈治療薬プロパフェノン(商品名プロノン、ソビラール、ロパフール)、血圧降下などの薬プロプラノロール(商品名インデラル、アイデイトロール、シンプラール、ソラシロール、タグ、ヘルツベース、メントリース、ラピノーゲン、インデラルLA、サワタールLA)などがあります。
後ほど示しますが、CYP2D6は遺伝的な多型を示すことが知られています。CYP2C19は潰瘍治療薬オメプラゾールの5位の水酸化に関与している代謝酵素です。いっぽうCYP3Aはヒト肝臓中の総P450の約30%に達するほど多量に含まれており、多くの薬物・毒物・発癌物質の代謝に関与しています。
臨床的によく使われている薬物の50%以上がCYP3A4により代謝を受けているといわれています。降圧薬ニフェジピン(商品名アダラート、ヘルラート、ヘルラート・ミニ、セパミット、アタナール、アテネラート、アロニクスS、エマベリン、カサンミル、カルジオブレン、コロジレート、トーワラート、ニフェラート、ニレーナ、マリボロン、ミルファジン、ラミタレート、ロニアンなど)、抗生物質エリスロマイシン(商品名エリスロシン、エリスロマイシン「サワイ」、タカスノン)、鎮静薬ミダゾラム(商品名ドルミカム、ミダゾラム「サンド」)、免疫抑制薬シクロスポリン(商品名サンディミュン、ネオーラル、アマドラ、シクポラール、シクロスポリン「FC」、ネオメルク)、免疫抑制薬タクロリムス(商品名プログラフ)などの脂溶性の免疫抑制剤、抗エイズ薬サキナビル(商品名フォートベイス、インビラーゼ)、 抗エイズ薬ネルフィナビル(商品名ビラセプト)、制癌薬イリノテカン(商品名トポテシン、カンプト)などといった極めて脂溶性の高い薬物の代謝に関与しています。
なお、薬物分子は複数の代謝酵素分子種により代謝反応を受けますので、これらの分子種の基質特異性はかなり低いといわれています。
遺伝的多型
世の中にはめっぽうお酒に強い方がいる反面、親子ともども「奈良漬け」を一切れ食べただけで顔が真っ赤になる方もおられます。これはアルコールデヒドロゲナーゼという代謝酵素活性の個体差によるものです。同様に、薬物代謝にも個体差があり、その原因の一つに遺伝的要因が知られています。
特に、単一の分子種で代謝される薬物の場合には、その酵素を遺伝的に欠損している方では肝臓の代謝能力(以下、肝クリアランスと呼びます)が著しく低下しています。ヒトの場合、CYP2C19、2D6などの分子種に遺伝的多型が知られています。
代謝酵素の遺伝子を欠損しているために肝クリアランスの低下している患者さんを低代謝能者poor metabolizer (PM)とよびます。このような患者さんでは、薬物の血中濃度が高濃度でかつ長時間にわたりつづくことになり、その結果、重篤な副作用や薬物中毒が現れることがあります。
例えば、抗ヒスタミン薬プロメタジン(商品名ピレチア、ヒベルナ)はCYP2D6により主として代謝されますので、この代謝酵素を欠損した患者さんが抗ヒスタミン薬の配合された市販の風邪薬を服用されますと、約2日間にわたり強い眠気に悩まされることも知られています。このような方は服薬後の自動車の運転などに注意しましょう。
代謝における薬物相互作用
持病を持っている方が新たな病気にかかりますと、今まで飲んでいた薬剤以外に新しい薬剤をも飲まなければなりません。このような場合、複数の薬物が体内に入り、肝臓で同じ代謝酵素の基質となりますと、互いに代謝を阻害するという現象がおこり、副作用に悩まされることがあります。
例えば、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の治療薬であるシメチジン(商品名タガメット、アストロフェン、アスメジン、アムイサン、アルカメット、アルキオーネ、イクロール、イシメット、エスメラルダ、カイロック、ガスチリン、ガストロメット、ガスフェロン、クリエイト、シメチジン「クニヒロ」「サンド」「タイヨー」「ファルマー」、シメチパール、シメチラン、シメロン、シルカーゼット、スターセル、ストマチジン、タカミジン、ダンカート、ダンスール、チーカプト、チスタメット、ファルジン、ラフセジン、ロイアンCなど)を毎日飲んでいて、たまたま夜の寝つきが悪くて困っていると医師に訴え、睡眠導入薬剤トリアゾラム(商品名はハルシオン、アサシオン、アスコマーナ、カムリトン、トリアゾラム「EMEC」「TSU」、トリアラム、ネスゲン、ハルラック、パルレオン、ミンザインなど)を処方されるケースがあります。
トリアゾラムを服用しますとグッスリと眠れますが、翌日にトリアゾラムによる副作用として、ふらつき・物忘れなどが強く出ることがあります。これは、シメチジンがトリアゾラムの代謝を阻害し、循環血液中トリアゾラム濃度を長時間にわたって上昇させるからです。このような場合には、副作用がでたということを医師、薬剤師に報告し、相互作用のでない薬剤に変更してもらいましょう。
また、喘息の方がテオフィリン薬剤(商品名はテオドール、テオロング、スロービッド、アーデフィリン、セキロイド、テオスロー、テオフルマート、テルダン、テルバンス、フレムフィリン、ユニフィル、ユニコン、テオドリップ、アプネカットなど)を服用していて、風邪をひいて発熱したとします。この場合にニューキノロン系の抗菌薬剤エノキサシン(商品名はフルマーク)が処方されたとしますと、エノキサシンはテオフィリンの代謝を阻害し、循環血液中テオフィリン濃度を上昇させることになり、頭痛・不整脈・けいれんといった中毒症状を起こす危険性があります。
次のような例も知られています。自立神経失調症で、時々、不眠症治療薬を飲んでいた方がいました。この方が風邪をひきました。受診し、抗生物質エリスロマイシン薬剤を処方され1日4回、3日間飲みました。3日目の夜に寝つきが悪かったので、今まで使っていた不眠症治療薬剤ミダゾラム(商品名ドルミカム、ミダゾラム「サンド」)を1錠飲みました。ところが、その翌朝は目がさめず、昼になってやっと目がさめました。目がさめた後も頭がボーっとして、1日中気分がすぐれないという状態になりました。
これは、エリスロマイシンがミダゾラムの代謝酵素であるCYP3A4に作用し、ミダゾラムの代謝を阻害したためです。ミダゾラムの代謝が阻害されたので、この人にとっては常用量となっているミダゾラム錠剤をいつもどおり飲んだ時、吸収されて循環血液中に入ったミダゾラムの代謝が遅いため、いつまでも循環血液中に残り、翌朝の昼まで効いてしまったのです。
(回答者:高田寛治)