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一般の方へ:市民のための薬と病気のお話

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市民のための薬と病気のお話

薬の質問箱

薬物動態

Q3分布

A3

分布の過程

肝臓での代謝の洗礼をまぬがれた薬物は肝静脈・大静脈を経て心肺系に入り、全身循環血液中に移行します。その後、血液循環の流れに乗って薬物は体の中をくまなく行きわたります。

肺炎の場合ですと、抗菌薬が血液中から肺組織へ分布し、感染源となっている病原菌をたたきます。病原菌に対する抗菌薬の作用自体の強さ(抗菌活性)もさることながら、循環血液中から病原菌が繁殖する肺組織への抗菌薬の分布の良し悪しも抗菌薬の薬効を支配する重要な要因となります。

いっぽう、薬物は私たちの体内の全ての臓器へ分布するかというとそうでもありません。特に、重要な臓器である中枢系(脳)と胎盤には、本来体にとって異物である薬物による被爆から自らを守るために、薬物が容易に分布できないような仕組みが備わっています。これを専門的には血液―脳関門および血液―胎盤関門とよんでいます。

しかし血液―脳関門は全ての薬物の分布を阻止しているかというとそうでもありません。さきに述べた中枢系に作用する薬物は、循環血液中から血液―脳関門を透過して受容体の存在する中枢系に分布して薬効を発揮します。薬物分子と受容体との相互作用は一般的には可逆的ですので、循環血液中の蛋白などと結合していない、いわゆる“非結合形薬物分子”の濃度が受容体部位における基質である薬物分子の濃度と平衡関係にあると考えられます。

同様に、循環血液中においては“非結合形薬物分子”とアルブミンなどの蛋白に結合した“結合形薬物分子”とは平衡関係にありますので、薬剤を患者に投与した後の循環血漿中もしくは血清中薬物濃度(非結合形薬物分子と結合形薬物分子とを合わせた総濃度)が薬物治療を行っていく上で薬効に次ぐ重要なパラメータ(指標)となります。

図はアセチルサリチル酸を経口投与した後に得られる血中サリチル酸濃度と薬効との関係を示しています。お釈迦様が体の痛む時に柳の葉っぱをかじって静かに横たわっておられたことからわかるように、アセチルサリチル酸は、柳の葉の有効成分であるサリチル酸にアセチル化をほどこして作られた解熱・鎮痛薬です。

アセチルサリチル酸を含有する薬剤を服用しますと、主に肝臓で代謝されてサリチル酸となって薬効を発揮します。解熱・鎮痛の目的で用いられる場合のアセチルサリチル酸の投与量は1日あたり1.0~4.5gです。

サリチル酸は解熱・鎮痛・消炎など様々な薬効を持ちますが、個々の薬効は血中サリチル酸濃度と相関しています。鎮痛効果を得るには25~100μg/mlの血中サリチル酸濃度が必要であり、リウマチの治療にはさらに高濃度の100~400μg/mlの血中サリチル酸濃度がいります。

いっぽう、古くからアセチルサリチル酸の過量服用時の副作用として消化管出血傾向の増強が知られていましたが、近年はこの副作用を逆手にとって、脳梗塞・心筋梗塞の予防的治療にアセチルサリチル酸が用いられるようになりました。

経口剤としてはアセチルサリチル酸の81~100mgが配合された錠剤(商品名バッファリン、バイアスピリン、アスピリン「KN」「メルク」、ゼンアスピリン、ニチアスピリンなど)があります。血中サリチル酸濃度と抗血液凝固作用との関係はまだはっきりとは確立されてはいませんが、アセチルサリチル酸100mgを含有する薬剤を服用した時の血中サリチル酸濃度は図に示されるように、解熱・鎮痛・消炎作用を期待する場合の濃度よりもさらに低濃度であることが実証されています。

血中薬物濃度と薬効の関係

血中薬物濃度と薬効の関係

このように薬物には有効血中薬物濃度範囲(有効域)が存在します。薬物の投与量を増量すれば、循環血液中の薬物濃度は上昇し、薬効は強くなります。さらに、投与量を増量すると過量服用となり、循環血液中薬物濃度は急上昇し、薬物中毒や副作用を生じる濃度(中毒域)にまで入りこんでしまいます。

いっぽう、投与量が低すぎると、循環血液中薬物濃度は最小有効血中濃度にまで達せず、せっかく薬剤を服用したにもかかわらず、全く薬効が得られません。古くから“くすりのサジ加減の巧い医師が名医”と言われるゆえんはここにあります。

臨床薬理学は全ての医師が名医の域に達するのを支える学問領域であるともいえます。

(回答者:高田寛治)


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